魔欲 山田宗樹

魔欲

魔欲

ある日、広告会社で働く佐東は、夫のいる比呂子に別れを告げられる。だがその後、比呂子の夫が自殺をしたことで、佐東も自殺衝動に駆られるようになる。
話は、佐東からの視点と、佐東の主治医の視点の二つの軸で構成されている。

とってつけたような佐東と主治医の共通点には、正直がっかりしてしまう。
前半でやたら細かく書かれている広告業界の話は、かなり面白く、その時点では物語に引き込まれていたのだが、結局それは本題と関係性がなかったのも理解に苦しむ。
あそこまで細かく、登場人物もたくさん出てきたのだから、何かしらの繋がりが欲しかったのだが…。
嫌われ松子〜」がよかっただけに少し裏切られた気分。

 新釈 走れメロス 他四篇 森見登美彦

新釈 走れメロス 他四篇

新釈 走れメロス 他四篇

夜は短し歩けよ乙女」が個人的にはイマイチだったので、この著者の本はそれきり読んでなかったのだが、この本はすごく良かった。「夜は短し〜」に比べ、文章が読みやすい。内容は、有名な文学作品を現代に置き換えて「新釈」として書かれている。
中でも良かったのは、「山月記」と「走れメロス」。どちらも勢いがあって爽快、笑えるところもあって、かなり楽しめた。「桜の森の満開の下」は原作を読んでいなかったのだが、これを読んだ後に気になり読んでみた。「山月記」や「走れメロス」とは正反対の余韻に浸れる。
森見登美彦らしい遊びもあり、これ以外にもこの著者の本を読んでみたいと思った。
私は「生湯葉研究会」がすごく気になる。

貴婦人Aの蘇生 小川洋子

貴婦人Aの蘇生

貴婦人Aの蘇生

突然、自分をロシアの皇族の生き残りであるアナスタシアだと言いはり、たくさんの剥製に「A」の刺繍をしていく伯母、儀式をしなければ建物の中に入ることのできない強迫観念症のニコ、剥製マニアのオハラと、主人公の周りにいる人物は、なんだか少し変わった人物だ。
最初は主人公と伯母の二人、そこにニコが加わり、オハラが加わりと、少し変わった4人の交流が描かれている。

たくさんの動物の剥製に囲まれての生活。想像すると少しゾッとするが、文体の透明感がグロテスクさを押さえているので安心して読めてしまう。少し暖かくなるような、ホッとするような安心感がある。

ふたり狂い 真梨幸子

ふたり狂い (ハヤカワ・ミステリワールド)

ふたり狂い (ハヤカワ・ミステリワールド)

この短編集は、それぞれのタイトルに「エロトマニア」「クレーマー」「デジャヴュ」「ホットリーディング」などという用語が付けられており、そのタイトルに沿った話になっている。
それぞれの話は一つの事件を扱っているのだが、実は最初から最後までどこかでつながっている連作短編になっている。

物語はある小説家が刺された事件で始まるのだが、そこから犯人の男側にいる人物たち、小説家の周りにいる人物たち、知り合いから知り合いへという形で結びついていく。
この本のタイトル「ふたり狂い」とは、「妄想をもった人と共に生活をすることで、正常な人まで妄想を共有する」ということ。こっくりさんや、カルト宗教による集団ヒステリーなども「ふたり狂い」らしい。
最後の章では、一番最初のプロローグでもある小説家の事件に戻り、タイトルの「ふたり狂い」そのものが描かれている。
章ごとに時系列がバラバラになっているせいか、複雑に感じるが、読みにくさはない。真梨幸子はいつもぞっとさせられるような狂気を描くが、この本も背筋が凍るような感覚を味わえる。

とける、とろける 唯川恵

とける、とろける

とける、とろける

唯川恵初の恋愛官能小説集ということで、読んでみたけども、「とける、とろける」と言われると少し違うような気がする。
この著者は、女性特有の醜い感情や性欲をいつも巧く表現するし、もちろんこの本もそれが書かれているのだが、それが際立ってしまう所為か「とろける」感覚はない。女性の「毒」が出ていて、展開も恐い。
唯川恵らしさの出た官能小説だろうけど、タイトルと中身に溝があって、違和感を感じる。

三面記事小説 角田光代

三面記事小説

三面記事小説

実際の三面記事を発端とし、その事件の裏側を書いた6つの短編集。
事件は実際に起きたものだが、この本に書かれている内容はあくまでフィクション。犯行に至るまでの経緯や容疑者の心情などを作り上げて書いたという。

新聞やニュースだけでは全てを知れない。それがこの本には書かれているのだが、どの話も実際にこういった背景があったのではないかと思わせる。下世話で身勝手な事件ばかりだけど、心が痛くなるような作品にしてしまうのは凄い。特に「光の川」、読んでいて苦しくなる。
事件を扱ったもののため、内容はダークだが、後読感は決して悪くない。
角田さん、こんなのも書けちゃうのね。とびっくりした。

波打ち際の蛍 島本理生

波打ち際の蛍

波打ち際の蛍

以前の恋人からのDVで心に傷を負った麻由は、カウンセリングルームで知り合った植村蛍に惹かれていく。
お互い惹かれ合ってるのは確かなのに、心と体が一致しない、近づきたくても近づけない、不安でバランスを崩していく感覚が手に取るように伝わってくる。

物足りないのは主人公と惹かれあう蛍の人物像。男性の登場人物が薄い。
ナラタージュ」でも男性陣がぼやけているように感じたし、この本だと、メインである蛍よりも、従兄のさとるのほうが断然良くみえてしまう。

この著者の本は、この作品以外もベタな恋愛小説が多い。
私はあまり「泣かせる恋愛小説」の類が好きではないし、内容のみだと綺麗事にしか感じないのだけど、文体の透明感が好きで、つい手に取ってしまう。丁寧に書いていることが伝わってくる。